努力の人、牧本 英輔

 

みなさんは、時津風部屋の“牧本”という力士を記憶しておられるでしょうか?
昭和40年代に幕内まで上がった力士ですので、相撲ファン歴の長い方は知っておられると思います。

まず、牧本さんのプロフィールを紹介します。

 

本名 牧本 英輔(まきもと・えいすけ)
生年月日 1941年(昭和16年)8月13日
出身地 熊本県宇土市
所属部屋 時津風部屋
初土俵 昭和35年春場所
十両昇進 昭和40年初場所
入幕 昭和47年秋場所
最終場所 昭和57年九州場所
幕内総成績 3勝12敗   勝率=.200   (幕内在位:1場所)
通算総成績 543勝530敗   勝率=.506   (現役:136場所)
下位優勝 昭和35年夏場所   序ノ口優勝   8戦全勝
昭和36年名古屋場所  幕下優勝  7戦全勝
昭和46年九州場所   幕下優勝   7戦全勝
四股名

牧本英輔→轟 亘(とどろき・わたる)→牧本英輔
(「牧本英邦」「轟英輔」を名乗ったという説もあり)

 

初土俵を踏んだのが昭和35年春場所、師匠の時津風親方(元大関・豊山、後の理事長)よりも先輩でした。
初土俵から6場所目には幕下に昇進し、超スピード出世でした。あの北の富士関(後の第52代横綱)よりも番付上位だった時期が、1年以上もありました。しかし、幕下で少し足踏みし、昭和40年初場所に十両に上がったものの、またまた足踏みし、初土俵から76場所目で入幕、当時のスロー出世の記録を作りました。しかし、幕内では大きく負け越し、その翌場所には十両でも大きく負け越し、幕下に陥落してしまいました。その後も長く現役を務めましたが、昭和57年九州場所を最後に、約23年間の土俵生活に別れを告げました。

大相撲というと、上位に居ないとあまり注目されませんが、牧本さんは、幕下陥落にもめげず、大相撲をこよなく愛し、長く相撲を取り続け、初土俵以来一度も休場せず(通算連続出場=1073回)、41歳まで現役を務めた努力の人です。他の力士の方たちも、牧本さんを見習ってほしいと思います。

ぼくは、大相撲の模範になる人だった牧本さんの消息が知りたく、ぼくのホームページ内の「あの人は今?」のコーナー(現在は廃止)に牧本さんのことを載せていましたら、2001年の5月28日に、牧本さんの消息を伝える一通のメールが届きました。牧本さんは、現在は故郷の熊本県宇土市へ帰り、農業の傍ら、自然や文化に精通しておられ、地方の良き文化づくり等をアドバイスする仕事をしておられるそうです。同年6月4日には、牧本さんと電話で話をしましたし、2003年4月27日には、熊本でお逢いしました。とても誠実で、気さくで、悪いことは絶対にできそうにない方でした。それに、とても若々しく、本当の年齢には見えませんでした。
これからも、陰ながら、牧本さんを応援していきたいと思います。


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